<厳罰規定の問題点>特定秘密保護法、憲法と相いれず
2016年5月2日
毎日ジャーナリズム
特定秘密保護法案を国会に提出する直前の2013年9月、法務省は内閣情報調査室に対して「外形立証」に繰り返し懸念を表明していた両者のやりとりを記録した公文書から
3日に施行から69年を迎える日本国憲法。これに対し、施行から1年半近くになる特定秘密保護法は、その最高法規と衝突する要素を多分にはらむ。国の安全保障に関する重要な秘密を漏らしたり、不当な方法で入手しようとしたりする人に厳罰を科す規定は運用いかんで、憲法が最も重要な原理とする「基本的人権の尊重」を侵しかねない。裁判の公開、国の会計すべての検査といった憲法の規定に照らしても、この法律は問題点が指摘されてきた。憲法記念日を機に改めて検証した。【日下部聡、青島顕】
基本的人権の尊重
特定秘密保護法は極めて異例な法律と言える。なぜなら政府の原案作成段階で担当官僚たち自身、この法が基本的人権を侵害する危険性を認識していたからだ。基本的人権は憲法が「侵すことのできない永久の権利」として保障している。
<万が一本法が不適切に運用された場合を仮定すると、国民の知る権利、思想・良心の自由、取材の自由といった憲法的権利との間で問題が生じる余地がないとは言えない>
<「本法の運用に当たる者の良識に委ねた」部分がないと言い切ることは困難。「不安の念」が完全に払拭(ふっしょく)されたとは言い切れず……>
毎日新聞が情報公開請求で入手した公文書によると、民主党政権下の2012年7月、法案の作成を担当していた内閣情報調査室(内調)は、法案を審査する内閣法制局にそう伝えていた。
憲法は21条で表現の自由、19条で思想及び良心の自由を保障している。この公文書によると、内調は「無用の誤解を避ける」ためとして、基本的人権を侵害しないよう戒める「訓示的規定」を法案に入れようとしていた。しかし、法制局の海谷厚志参事官(当時)は「訓示的規定を入れなければならないほど、ひどい法律なのかという議論に陥りそうな気がする」と難色を示した。
結局は内調が押し切り、現行の特定秘密保護法には「拡張して解釈して、国民の基本的人権を不当に侵害するようなことがあってはならない」(22条)との条文が入った。あくまでも訓示で、罰則はない。
法案の作成が始まったのは11年9月。尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件の映像が前年、インターネット上に流出したことが直接のきっかけだった。それ以降、内調は法制局と協議を繰り返して法案を完成させ、13年10月に自民、公明両党による安倍晋三政権が国会に提出した。
実は法案作成が始まった直後、法制局は「立法事実(法の必要性)が弱い」とも指摘していた。それまでも防衛秘密の漏えいを取り締まる法律はあったのに、漏えい事件そのものがほとんどなかったからだ。
秘密保護法は当初から不安定な土台の上に構築されていたと言える。
裁判公開の原則
特定秘密保護法は、憲法82条が定める裁判公開の原則との間にも矛盾を抱えたままだ。
例えば、官僚が特定秘密に指定された情報を漏らしたとして特定秘密保護法違反で起訴された場合、検察官はそれが本当に特定秘密かどうかを証明しなければならない。しかし、法廷で特定秘密の内容を明らかにすれば秘密でなくなってしまう。
政府は裁判官にも弁護人にも特定秘密の内容を明かさずに立証できると説明している。その情報が特定秘密に指定された手続き、指定の理由などを証明する「外形立証」という方法だ。いわば「外堀」を埋めて推測させる方法で、過去の情報漏えい事件で使われた例はある。
しかし、公判や捜査を担う法務省や警察庁は、法案の検討過程で異議を唱えていた。被告が起訴内容を否認して争った場合、特定秘密の中身を見ないと決着がつかないかもしれないからだ。法務省は裁判官が秘密の開示を命じる可能性を指摘して、裁判官自身が特定秘密保護法に抵触してしまう懸念も示した。
警察庁は、漏えいしたとされる情報について被告が「ネット上にあったファイル」と訴えた場合、「ファイルが、被告が業務で扱う秘密だったことを(法廷で示して)積極的に立証しなければ、漏えいの立証は困難」などと主張して、裁判にも秘密保護制度を設けるよう求めた。
しかし、憲法の規定がある以上、裁判を秘密にすることはできない。だから政府は「外形立証で対応できる」と言わざるを得ない。
裁判の公開は、公権力が密室で市民を拘束・処罰してきた歴史への反省にのっとった民主主義の基本とも言える制度だ。秘密裁判のような制度を導入しようとすれば、憲法改正が必要になる。
特定秘密保護法の罰則適用について、開かれた裁判を基本とする現行司法制度との整合をどう取るのか、十分な議論はないままだ。
会計検査
「国の収入支出の決算は、すべて毎年会計検査院が検査する」。憲法90条の規定に「すべて」とあるのには理由がある。大日本帝国憲法下では政府・軍の機密費と軍事用物品が検査の対象外となり、戦費をチェックできずに膨れ上がらせてしまった。特に日中戦争が勃発した1937年の軍機保護法改正で、検査は制約を受けたと検査院の記録にある。
現行憲法の90条のおかげで防衛費も検査対象になっている。「聖域」の官房機密費も実地検査ができる。01年に外務省職員による機密費詐取事件が発覚した際、検査院の検査は出遅れたが、発覚後は身内の外務省の調査で分からなかった事実を明らかにした。06年に朝日新聞が情報公開制度のなかった衆院事務局の無駄遣いを暴くことができたのは、会計検査に使った衆院の会計書類を検査院への情報公開請求で入手したためだった。
特定秘密保護法によって初めて「すべて」に例外が生じる懸念が出てきた。同法10条は秘密文書を管理する行政機関が「国の安全保障に著しい支障を及ぼすおそれ」があると判断すれば、会計検査を拒否できると読める。内調は昨年末、会計検査に従来通り協力するよう求める通知を関係省庁に出した。さらに今年に入り、国会で繰り返し質問された政府が「特定秘密の提供が行われないことはおよそ考えられない」と統一見解を出したが、懸念は消えていない。
政府の保有文書27万件
政府は先月26日、昨年1年間の特定秘密の運用状況について、国会に報告書を提出した。2014年末時点に比べ、特定秘密の項目は61件増えて443件になった。新たに指定したのは外務省、内閣官房、防衛省など11機関で、保有文書は8万2827件増の27万2020件となった。
外務省が指定した特定秘密は、項目だと3件増にとどまるが、文書数で見ると4万1033件増えた。特定秘密保護法を所管する内閣官房は報告書で、増加した文書の内訳について「主に情報収集衛星関連の情報」とだけ説明した。
国家安全保障会議(NSC)は、14年と15年の4大臣会合の結論を特定秘密に指定したが、文書はゼロ。内閣官房に事務局があり、文書は内閣官房で保管しているためとしている。内閣官房の文書7万6254件に含まれているとするものの、NSC関連の文書数は公表していない。
各機関が保有する特定秘密の文書数
2014年末時点 15年末時点
外務省 35783 76816
内閣官房 55829 76254
防衛省 60173 72325
警察庁 17874 21836
公安調査庁 9297 11426
海上保安庁 9174 11108
国土交通省 829 1679
防衛装備庁 −− 402
経済産業省 102 118
総務省 25 38
消防庁 98 5
財務省 3 4
内閣法制局 3 3
法務省 3 3
資源エネルギー庁 0 2
内閣府 0 1
国家安全保障会議 0 0
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計 189193 272020
※警察庁は都道府県警含む。防衛装備庁は15年10月発足