『ユーロの要、失墜 フランスなど9カ国国債格下げ ドイツ、負担増警戒』
2012.01.15 朝日東京朝刊 2頁
スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)によるフランスなど9カ国の格下げは、長引く欧州の政府債務(借金)危機にまたマイナス材料を付け加えた。ユーロ圏各国がこれを跳ね返す危機対策を実行できなければ、世界経済を揺るがすことになる。
●首相「信頼獲得には時間」
「我々が投資家の信頼を勝ち取るまでには時間がかかるという私の確信を、格下げの決定で改めて確認した」。メルケル独首相は14日、ドイツ北部のキールでの記者会見でこう述べた。
盟友のフランスが格下げとなり、ドイツは財政危機の国々からいっそう頼られることへの警戒を強めている。
域内最大の経済大国ドイツはユーロ危機にあたり、フランスと協調して対応を主導してきた。問題は、格下げが、いまの態勢に水を差さないかどうかだ。「影響は限定的」という声が強い一方、フランスがより厳しい立場になることで、ドイツがこれまで以上の負担を求められるという見方も出ている。
このため、ドイツはこれまでユーロ圏全体で積み上げてきた対策を着実に実行に移し、各国の連携を強めていくことが必要だと強調する。
「ユーロ圏に対する市場の不安感は別に新しいものではない。そのために我々はユーロ圏の安定に全力投球で努めてきたのだ」。格下げが明らかになった13日夜、ショイブレ財務相は独メディアにこう話し、財政規律を強めていくことなどの方針を今後も継続していく考えを示した。
ドイツはこれまでも世論の不満をなだめつつ、ギリシャの救済策や、財政危機の国を助けるための欧州金融安定化基金(EFSF)に最大額の負担をしてきており、さらなる負担増に対しては連立与党内からの反対が強い。高成長をほこってきたドイツ経済も、今年は成長が鈍るとの見込みもあり、負担増の受け入れは容易ではない。
●不履行の恐れ再燃
ユーロ圏の要だったフランスが格下げされたその日、ユーロの分裂につながりかねない事態が起きていた。支援を受けているギリシャが、債務不履行に陥るおそれがまた強まったのだ。
欧州連合(EU)と主要金融機関は昨年10月、民間投資家が自ら、所有する2千億ユーロ(20兆円)のギリシャ国債について50%の損を受け入れることで大筋合意。その前提でEUと国際通貨基金(IMF)がギリシャに支援をすることにした。
これでギリシャの借金は減り、どうにか返済し続けられるようになるとの皮算用だった。窓口となった国際金融協会(IIF)とギリシャ政府は投資家が結果としてどのくらい損するか詰めてきた。
しかし、その後のギリシャの景気の悪化で、民間投資家が60%損しないとうまくいかないと報道されるようになった。IIFの影響力がないと言われる4割の投資家が合意するかどうかにも不透明感が出てきた。IIFは13日、ギリシャ政府との交渉を中断した。
このまま交渉が止まれば、ギリシャが3月までに迎える159億ユーロの借り換えができなくなり、債務不履行になる可能性がある。
その場合には、危機が波及するとの連想から、イタリアやスペインなど、より規模の大きい国の国債がさらに売られかねない。
とくに、ユーロ圏第3位の経済規模を持ち、2~4月に1500億ユーロにのぼる債務の借り換えが待つイタリアに注目が集まる。「イタリアがおかしくなれば新たな危機だ。そしてイタリアのリスクは、ギリシャの状況が悪化するかどうか、債務不履行になるかどうかにかかっている」と独ベーレンベルク銀行のエコノミスト、クリスティアン・シュルツ氏は言う。
フランスなど9カ国の一斉格下げで、ユーロ圏全体の危機への対応力が弱まるおそれがあるなかで、イタリアやスペインは財政再建への姿勢を強めて身を守るしかない。
イタリアの現地報道によると、モンティ首相は格下げされたことについて「成長と雇用を重んじる、欧州流の対応が必要だ」と述べた。スペインでは、政府高官が「格下げは(昨年12月に退陣した)旧政権の遺産で、新政権は財政再建と構造改革に全力をあげている」と強調した。
●枠組み構築へ協調必須
格下げは危機の解決に向けた枠組みも揺るがせる。
米金融大手JPモルガンのデビッド・ヘンスリー氏は「(欧州各国が)とり得る政策の幅がさらに狭まった」という。ギリシャなど財政危機の国を助けるためのEFSFにお金が集まりにくくなるからだ。
ここでは4400億ユーロ(約43兆円)を集めることを予定している。このお金は最上位の格付けを持つドイツやフランスなど6カ国の保証で投資家からお金を借りる計画だった。
だが、フランスが保証する約36%分は格下げによりすべて集まらないおそれがある。ドイツなどが保証分を増やすなどの見直しが必要だが、すでに約48%分も保証しているドイツはこれ以上の負担を拒んでいる。
欧州はイタリアなどの支援にはもっとお金が必要だとして、EFSFの後継組織として「欧州安定メカニズム」(ESM)も準備している。これは各国がお金を出し合い、5千億ユーロ(約49兆円)を今年半ばまでに用意する予定だ。さらに、各国がばらばらに国債を出すのでなく、スクラムを組んで「ユーロ圏共同債」を出そうという議論もある。
だが、今回の格下げをきっかけに、こうした議論が前に進まなくなるおそれもある。これらの対策は各国がそれぞれの利害を超えて取り組まなければいけないが、フランスのような支援をする側まで信用が低下すれば、ユーロ圏内で他国のことを考える余裕が薄れていく。
ひたすら危機をあおる市場の暴風をはね返し、ユーロの信用を取り戻す仕組みをつくれるか。各国の協調が試されている。
◆新興国の力、取り込む時 編集委員・織田一
欧州の国々への信用を示す格付けが下がった。日米も昨年、格下げされている。この1年で先進国の「落日」がはっきりした。
欧州は今、独仏の信用を担保に投資家からお金を集め、危機を抑えようとしているが、用意できるのはせいぜい1兆ユーロ。対して、イタリアとスペインだけでも今後3年で借金返済に必要な資金は1兆ユーロ程度とみられている。
フランスが格下げされた今、欧州だけでの解決は困難になった。だが、かつてのように日米が他国を手厚く支援する余裕はない。
「落日」の始まりは1989年の冷戦終結だ。これが中国やロシア、インドなどが加わるグローバル競争の号砲になった。
欧州はドイツ再統一を踏み台に共通通貨「ユーロ」をつくった。だが、ユーロ圏の市場を大きくしようとするあまり、経済が見劣りする国も次々に仲間に入れた。それらの国がユーロの信用をかさにきて借金を膨らませ、背伸びをした結果、財政危機を招いた。
90年代初めにバブル経済がはじけた日本は、得意のもの作りを中国などの新興国に奪われた。かつてのような成長が望めず、物価が下がって経済の活気が失われる「デフレ」に陥った。それを財政で穴埋めしようとした結果、国だけで約1千兆円の借金を抱えた。
米国は金融で大国の地位を守ろうとした。冷戦前に軍事分野で働いていた技術者らが金融工学を磨き、もうけを膨らませる金融取引を編み出した。だが、価値が低い不動産にもお金が流れるような「錬金術」の経済は、2008年のリーマン・ショックで終わった。
先進国だけではもはや危機には立ち向かえないだろう。そうであれば、世界経済の2割を占めるようになった新興国を取り込むしかない。減速したとはいえ、中国やインドは今年も7%超の成長が見込まれる。
そのために、国際通貨基金(IMF)での新興国の発言力を一層高めてはどうか。IMFの支援の条件に新興国の意見をもっと反映させ、支援により加わるよう背中を押す。今や新興国にとっても、世界各地で経済危機が起きれば、自らの輸出が減って成長が鈍り、大きなマイナスになる。
今回の危機は簡単には解決しない。だが、少なくとも先進国が新興国と連携して「危機封じ込め」の仕組みをつくらなければ、より深まっていくばかりだ。
■格下げされた欧州9カ国
フランス ( 〈1〉AAA → 〈2〉AA+ )
オーストリア( 〈1〉AAA → 〈2〉AA+ )
スロベニア ( 〈4〉AA- → 〈5〉A+ )
スペイン ( 〈4〉AA- → 〈6〉A )※
スロバキア ( 〈5〉A+ → 〈6〉A )
マルタ ( 〈6〉A → 〈7〉A- )
イタリア ( 〈6〉A → 〈8〉BBB+)※
キプロス ( 〈9〉BBB →〈11〉BB+ )※
ポルトガル (〈10〉BBB-→〈12〉BB )※
(〈 〉内数字は21段階中の順位。BB+以下は「投資不適格」。※は2段階引き下げ。他の国では、ドイツ、英国は〈1〉AAA、米国は〈2〉AA+、日本は〈4〉AA-)