白金採掘に大量電力 排ガス対策部品、世界が南アに頼る2012.01.08 朝日東京朝刊 2頁
地下350メートルにあるプラチナ=キーワード=採掘現場。シューシューッ。岩盤に穴をあける圧縮空気ドリルの音が響く。高さ1メートルの蒸し暑い坑道。作業員が四つんばいで、泥と地下水にまみれながら穴に爆薬を仕掛ける。
南アフリカ最大の都市ヨハネスブルクの西約100キロに広がる大平原。世界のプラチナ生産量の4分の3を占める南アでも最大級の鉱脈が、地下深くに眠る。
その一つ、アングロアメリカン・プラチナム社のクセレカ第2鉱区。部外者はめったに立ち入れない現場に記者が入った。ヘルメットと安全靴、胸にはずしりと重いガス検知器。リフトで地下に降り、約2キロの坑道を約1時間歩いた。
プラチナは宝飾用に加え、車の排ガスから窒素酸化物を除く触媒として、大気汚染対策が世界的に本格化した1990年代以降、需要が増えた。
1台あたり1グラム以下から、30グラム使う大型トラックもあるそうだが、使用量は企業秘密。環境負荷を減らそうと開発が進む燃料電池車の電極にも欠かせず、普通車相当でも30~100グラムは必要ともいわれる。
鉱石1トンから採れるのは3~5グラム。「しかもプラチナは地層の一部にしかない」と、田中貴金属工業の北岡晋也貴金属部チーフマネジャーは希少性を強調する。2010年の産出は金の15分の1の約190トン。日本は8割を南アに頼る。
1世紀近い歴史がある南アのプラチナ採掘。資源を求め、掘る鉱脈は深くなるばかり。地下2千メートルより深くで採掘している鉱山会社もあるという。空気を送る動力や照明、50度以上の温度にもなるという坑内の空調などに必要な電力は深いほど増える。南アは、その多くを二酸化炭素(CO2)排出が多い石炭火力発電に頼る。
産出国の環境汚染と厳しい労働環境が、世界の排ガス対策を支えている。
●石炭依存、CO2深刻
世界のプラチナ市場が、南アのエネルギー事情と密接に関係することを思い知らされたのは、発電所の相次ぐ故障や点検、南アの発電の9割を頼る石炭の在庫不足が重なって起きた2008年1月末の電力危機だった。
発電量を最大能力の4分の3しか確保できず、電力供給を一手に担う電力公社エスコムは計画停電に踏み切った。採掘から精製まで大量に電気を使う鉱業各社はエスコムの要請を受け、世界最大のプラチナ鉱山会社アングロアメリカン・プラチナム社は「大口需要家の責任」として数日間の操業停止を決めた。
大雨による一部鉱区への浸水も加わり、プラチナの供給量が激減。1月には1トロイオンス(約31・1グラム)あたり1600ドル弱だった米ニューヨーク市場の平均価格は2月に入って2千ドルを突破した。
08年の電力危機以降、老朽化で使っていなかった石炭火力も復活。ポーランドなどと並び、石炭依存度が最も高い国として、09年のエネルギー消費に伴う二酸化炭素排出量はフランスなどを上回る約3億7千万トン。国内総生産(GDP)が世界29位にもかかわらず、二酸化炭素排出量は16番目だ。
南アは、プラチナのほかクロムなど鉱物資源に恵まれ、鉱業が重要な産業の柱だ。金も電力消費が多く、鉱業全体で産業部門のエネルギー需要の16%(06年)を占める。
アングロ社だけでも1年間にニッケルなど他の鉱物の精製も含めて南アの電力需要の約2・5%、日本の一般家庭の約100万世帯分にあたる約50億キロワット時を消費する。
南アで昨年11~12月に開かれた国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP17)。会場でグリーンピースなどが「石炭ノー」キャンペーンを展開した。
アングロ社広報担当のメアリージェーン・モリフィー上級部長は「発電が石炭火力であっても、世界中の車が使う化石燃料よりもはるかに少なく、そのうえプラチナは排ガスの浄化に役立っており、その意義は大きい」と話す。
●炭鉱地帯では水質汚染
ヨハネスブルクから東へ車で2時間。南ア有数の炭鉱地帯で、地元の部族語で「石炭の場所」という意味のエマラフレニ市には石炭の黒山が連なる。その先に白い湯気を立ち上らせる巨大な6基の排気塔が目を引く。エスコムのドゥーバ石炭火力発電所がある。
出力は原発約3基分の360万キロワット。ヨハネスブルクに延びる高圧送電線は、近くの黒人スラム街をかすめる。ここに住む失業中の青年(19)は「何百ものバラックには、テレビも冷蔵庫もない」と話す。南アでは約4分の1の世帯に電気が届いていない。
電力危機の再来を避けるため、エスコムは世界最大級の480万キロワットの石炭火力発電所を建設中だ。
南アは、アパルトヘイト(人種隔離)政策が撤廃された1991年以降、経済成長に伴って電力需要が伸びるにつれ、電力供給に余裕がなくなった。それを補ってきたのが国内に豊富にあって安価な石炭による火力発電所だ。
エスコムの石炭開発担当のサヘダ・ムハマド上級アドバイザーは「太陽光も積極的に採り入れているが、安定供給には石炭に頼らざるを得ない」と話した。
しかし、「石炭の問題は温暖化だけではない」と、NGOのネットワーク「持続可能な環境連盟」は水質汚染を告発する。事務局長のマリエット・リーファリンク弁護士は地質学者らと、炭鉱地帯を流れるバール川や貯水池などを調査。川や地下水が強い酸性であることを突きとめた。
「水底がさび色などに染まり、水は青白く濁っていた。魚の死骸も無数浮いていた」。07年に測定した硫酸塩の値は、人が使う場合の基準値を10倍上回る最大2千~3千ppmを記録したという。
「世界自然保護基金(WWF)南アフリカ」も昨年11月、石炭と水についての報告書を公表した。水不足の南アで炭鉱地帯は貴重な淡水が比較的多いのに、炭鉱の水処理の怠慢で汚染が拡大中と警告。「石炭や鉱業がもたらす利益と、環境保護のバランスを考える必要がある」と指摘した。
リーファリンクさんは「自然エネルギーを増やし、石炭の利用には水質浄化を義務づけるなど解決策は必ずある」と訴える。
今年は、ブラジルのリオデジャネイロで92年にあった国連環境開発会議(地球サミット)から20年。6月に再びリオで「国連持続可能な開発会議」(リオ+20)が開かれる。「持続可能な開発」をキーワードに、20年前、各国は地球環境を損なわない形での経済発展を誓いあった。その成果が問われている。
◆キーワード
<プラチナ(白金)> 金、銀と並んで性質が変化しにくい貴金属。ハイテク製品の製造に不可欠だとして、経済産業省が定義した47のレアメタル(希少金属)の一つ。他の物質の化学反応を速めることから、自動車の排ガス浄化や燃料電池などに使われ、環境保全にも役立ち、工業用が7割を占める。埋蔵量は世界で約7万トンともいわれ、これまでの総産出量は6千トン余り。産出国が限られること、高額なことから、多量に使う燃料電池用は代替品の開発も進む。