RetinaIIIc(IIIC) / Retinallc(IIC)
今回登場するのはコダックレチナです。クラカメブームの頃はさまざまな雑誌で取り上げられた為に異常なプライスタグがぶら下がってましたが最近は沈静化してます。
実際この手のカメラの中では蛇腹というノスタルジックな雰囲気をもちながら使いやすくて造りも良く写りも一級、しかも誰でも知ってるコダック製品とくればカメラを紹介する前に枕詞で記事が終わってしまいます。
コダックはフィルムメーカーですからフィルムを売るのが飯の種です。だから安くて簡単ないわゆる「簡便カメラ」を作るのが得意です。また時々巨大メーカーのプライドからか、突拍子も無いスーパーカメラを送り出します。
このようにある意味両極端な品揃えの中でレチナシリーズはミドルクラスの位置付けながら他のコダック製品とは一線を画す出来栄えでした。
その理由は製造元にあります。ちょうど当時のドイツカメラ界は淘汰の波が吹き荒れておりました。そんな中で有名なのがイカ社、エルネマン社、ゲルツ社がツァイスの元で大同団結した巨大カメラメーカー「ツァイスイコン社」です。最古参のフォクトレンダー社はあえて孤高の道を選びます。そしてイカ社などと並ぶ「ナーゲル社」の選択はコダックの資本傘下となることでした、ドイツコダックの誕生です。そしてドイツコダック社から送り出されたのがレチナシリーズでした。
初代レチナは正しくコダックの皮をかぶったナーゲルカメラで、ブラックなボディはクラシックドイツカメラの雰囲気満点でした。しかし2代目からはアメリカンテイストが加わることでいかにもドイツといった重苦しい雰囲気から軽快でモダンなスタイルを身に纏っていきます。
さてレチナを手にとると改めてその造りの良さを実感できます。アルコ35とはそもそも価格自体が全く違うから比較すること自体ナンセンスですが、段違いのフィニッシュです。
角を落としたスタイリングはそれまでのレチナシリーズより大柄になったボディにも拘わらず手に優しく好ましいものです。単独露出計とファインダーの大きさを揃えたため正面から見たスタイルは見事に纏まっておりデザイナーのセンスの高さが伺えます。採光式ブライトフレームを備えた大きなファインダーは大きい接眼部とも相まって実に使いやすいのです。
レンズは名門シュナイダーのクセノンです。現代でも何ら不満のない良いレンズです。ヘリコイドによる繰り出しは安定した精度を保証します。蛇腹カメラでありながら蛇腹部にカバーをしていますので外部からの衝撃により蛇腹が破損する危険もありません。
唯一残念なのが当時大勢を占めていたライトバリュー方式を採用したシャッターです。これは基本的に絞りとシャッタースピードを同時に変更してしまう為、別々にセットするのが面倒です。これに比べれば露出計搭載の為にボディ底部に移った巻上レバーなど微々たる問題です。
正に「35mm蛇腹カメラの完成形」という称号を与えるに相応しい素晴らしいカメラでしたが、これを最後にレチナは蛇腹カメラを捨てリジッドタイプカメラへと移行します。そしてそれは同時に日本製のレンズシャッターカメラとの過酷な価格競争へ移行することを意味します。
レチナIIIc/IIcにおいては広角(B:Retina-Curtar-Xenon f4/35mm)、望遠(C: Retina-Longer-Xenon f4/80mm)の交換レンズ、近接撮影アタッチメント、更にはステレオ撮影アタッチメントなど豊富なアクセサリーを用意し蛇腹カメラでありながらあらゆる撮影に対応可能とするなど「これでもか」という程に凝ったカメラとなりました。
(A:Xenon f2/50mm)[前群のみA,B,C,交換:後群は全て共通]
そこまで発展した蛇腹レチナが突然蛇腹を廃止したのはまるで恐竜がある日突然地上から姿を消したような感じです。蛇腹レチナ絶滅の謎を解くカギはその発展したシステム性にあります。
そこで交換レンズの操作方法をご紹介します。標準はシュナイダーのクセノン(もしくはローデンストック製ヘリゴン)50mmf2.0[または50mmf2.8]です。この前群を交換することで35mmと80mmのレンズが使用可能です。
交換方法はレンズの赤い点とレンズ台座の赤い点を合わせればレンズが外れ台座の白点に合わせればロックされます。交換レンズは回すだけでOKですが、標準レンズだけはレンズにロック解除の小さいレバーがありますのでそれを押しながらレンズを回します(これが小さくて押し難い)。
さてある程度レンズについて知識のある方なら「焦点距離に応じてレンズの繰り出し量は異なるはず。前群交換式のレチナはレンズにヘリコイドがないのにどうやって距離を合わせるの?」と疑問をお持ちでしょう。そこで焦点距離読み替え式というやたらと面倒な作業が必要になります。
まずファインダーの二重像を一致させます。標準レンズはこれでピントが合います。交換レンズを使用しているときは、そのときの距離を読みます(例えば7Feetだととしましょう)。次に一旦ボディをさかさまにします。するとちょうど反対側にも距離の表示が描かれています。
広角レンズ使用時は白地側に描かれた黒い距離表示を「▲」点に合わせます(先ほどの例なら7feetの数字を▲とあわせる)。望遠レンズ使用時には黒字に白抜きされた距離表示を「T」に合わせます(例なら白抜きの7をTに合わせる)。尚、黒字に白抜きされた側には更に黄色の数字も描かれています。レンズ繰り出しが短いレチナではそのままでは望遠では1.8m(6Feet)までしか寄れません。望遠レンズ使用時で二重像が一致したときの距離が6Feetより近かった時は望遠レンズの前に専用のプロクサーレンズをねじ込んで、このときに黄色い数字を「T」に合わせることになります。レンズ繰り出しが標準より少なくて済む広角レンズでは問題ありません。
交換レンズには距離目盛の描かれたリングがあります。これは被写体深度目盛で、被写体深度も知りたいときはこのリングを回転させて使用します。
さて説明すると大変ですが、これを実際に使うと「やっぱりとーっても面倒くさい」ということになります。距離をあわす、距離を読み取る、カメラをひっくり返す、距離を補正する、深度を知りたいときは更にレンズのリングを補正する。標準レンズだけの時代にライカより遥かにスマートに使えたカメラはレンズ交換と同時に非常に使用しにくいカメラに成り下がります。
広角は目測で使うという方法もありますが、それでも距離目盛を読むためにカメラをひっくり返す作業は必要です。また交換レンズを付けると前蓋を閉めることが出来ない為、破損の危険に常にさらされます。当然リジッド式に比べると前蓋を開けた状態での蛇腹カメラの耐衝撃性はあまりにも低いのです。
ここまでお読みになれば「何故ゆえ蛇腹カメラは衰退したのか」への回答がわかると思います。ある意味で35mm蛇腹カメラの完成形と言われるレチナは更なる機能の追求の結果として蛇腹カメラの限界を露呈してしまいました。