特集ワイド:街場の争点 2014衆院選/3 沖縄・那覇 民意無視への怒り強く
毎日新聞 2014年12月10日 東京夕刊
◇大切な物をもっと深く知っていたい
激しい雨に加え、最大瞬間風速30メートルもの暴風が吹き荒れた4日の正午すぎ、那覇市中心部・国際通りに面した県庁前に、レインコートを身にまとった人々が続々と集まっていた。
震えるような寒さの中、「辺野古新基地 NO」と書かれた青色のカードを高く掲げ、「新基地建設反対の民意を尊重せよ!」と絶叫する。耳がキーンと痛くなるほどの大音量、驚くほどの熱気だ。約2200人(主催者発表)もの参加者は約1時間にわたって抗議活動を続けた。
その20分後、沖縄県庁と目と鼻の先で、自民党陣営の街頭演説があった。マイクを握ったのは、応援弁士、党女性局長の三原じゅん子参院議員だ。
「アベノミクスを問う選挙です」「経済は確実に上を向いております」と政権の成果を力説する。だが、立ち止まる人は、見たところ20人に満たない。1人がその場を離れた。那覇市内に住むパート従業員の女性(53)だった。「景気がよくなった実感がないし、今後もあるとは考えられない。最後まで聞こうと思ったけど、まずは基地問題じゃないですか?」
こと米軍普天間飛行場の辺野古沖移設問題に関する限り、先月16日の知事選で民意は示された。移設推進の仲井真弘多(なかいまひろかず)・前知事は、移設反対で保守・革新の合同グループに推された前那覇市長の翁長雄志(おながたけし)氏に敗れた。だが政府は移設推進を崩さない。仲井真前知事は暴風の中での抗議集会翌日の5日、防衛省から出ていた工事関連の申請を承認し、移設へ駒を進めた。任期満了のわずか4日前だった。
今回の衆院選、県内4選挙区には計4人の自民候補がいる。沖縄1区(那覇市など)は自民前職、共産前職、維新元職の三つどもえの戦い。共産前職は「オール沖縄」を掲げ、基地の県外移設を訴える。2、3、4区も自民前職と県外移設を訴える候補が激突する構図だ。自民に逆風が吹く。
自民選対関係者が打ち明ける。「選挙カーが走行中、有権者に中指を突き立てられたんです」。これまでになかったこと、とショックを隠しきれない。
別の関係者も暗い顔で言う。「あの記者会見の写真は沖縄戦並みのショックだった。沖縄の自民党にとって、今後100年残るほどの痛手ですよ」
自民の候補者はいずれも前回総選挙(2012年12月)で「県外移設」を公約し、当選した。しかし昨年11月までに、党本部の要請を受け全員が「移設容認」へ転換。石破茂幹事長(当時)と並び、うなだれて記者会見に臨む写真は「平成の琉球処分」とも呼ばれた。
「先月の知事選後、県内の空気が変化しつつある」。「本音の沖縄問題」などの著書がある那覇市在住の作家、仲村清司・沖縄大客員教授はそう指摘する。知事選後、かかりつけの医師や行きつけの居酒屋の店主から、政治の話題をしばしば持ちかけられた。これまでにない経験だった。
「沖縄では政治、特に基地の話はタブーだった。基地反対派、基地関係の仕事をする人などさまざまな立場があるため、和を保つには沈黙しかない。しかし知事選で、これまで対立していた保守と革新が移設反対で一致し、『オール沖縄』『イデオロギーよりアイデンティティー』と連呼した。『もの言えぬ重苦しい雰囲気』が風通しがよくなってきた」という。
とはいえ、自民支持も根強い。新聞各社の情勢分析では、選挙区によっては激しく競り合っている。タクシー運転手の男性(73)は「新しい基地は造らないに越したことはないが、反対の主張だけでいいのだろうか。これまで政府の支援があったから沖縄が発展してきた側面もある。国から経済援助が受けられなくなったらどうするのか」。少しでも豊かな生活を求め、「アベノミクス」に期待するのも当然だろう。
自民は経済政策を強調し、一方、共産、社民などは徹底的に基地反対を訴える。両者の論戦はまるでかみ合わない。
そんな中「沖縄らしさ、アイデンティティー」という新たなテーマが力を増しつつある。仲村さんがいう。「政府は沖縄返還後の約40年間で10兆円超ともいわれる振興策を実施した。インフラ整備は確かに進んだが、県民所得は200万円台で依然、全国最下位レベルが続く。しかも信仰の対象だったはずの海が埋め立てられるなどして、自然と調和して暮らしてきたウチナーンチュ(沖縄の人)らしさが失われてしまった。この点を再認識する人が増えつつあるようです」
<僕が生まれたこの島の海を 僕はどれくらい知ってるんだろう>
沖縄を代表するバンド「ビギン」の「島人(しまんちゅ)ぬ宝」(02年)。1990年代後半から起こった沖縄音楽ブームでは、ビギンはもとより、夏川りみ、MONGOL800など沖縄出身のミュージシャンらが次々と全国で人気になった。
<汚れてくサンゴも 減って行く魚も どうしたらいいのかわからない>
目の前の現実に迷いながらも、沖縄のアイデンティティーといち早く向かい合い、声を上げたのは彼らだった。
読谷村出身のミュージシャン、知花竜海(ちばなたつみ)さん(34)はこういう。「政治的な立場は異なっても、島を愛し、島の自然や文化が失われることを悲しむ心情は皆同じだと思う。10年以上前の歌ですが、今も新鮮に島人の心に響いてきます」
<大切な物をもっと深く知っていたい それが島人ぬ宝>
国際通りには真新しいホテルや量販店が並び、お土産を買い求める修学旅行の高校生や、台湾、中国からの観光客らが行き交う。雑踏のなか、選挙カーが通り過ぎてゆく。
知事選では、県内財界から新基地建設に反対の声が上がった。基地関連収入が県経済に占める割合は約5%にまで減り、経済発展を基地に依存しなくて済む時代になった。「豊かな自然」など沖縄の良さを失ったら、沖縄の発展はありえない、というその主張は今も続いている。
自民候補の陣営から「地方創生!」との訴えを何度か耳にした。自民党は政権公約で「地方が主役の『地方創生』を実現」「個性豊かで魅力ある地域社会を」と掲げている。それは沖縄に対してはどうだろう。今衆院選で新基地はいらないとの民意が再び示された時、それでも政府は辺野古移設の計画を進めていくのだろうか。地方の声、地方の民意を無視した先に、一体どんな発展があるのだろうか。【江畑佳明】